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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11120号 判決

原告

有限会社シテ

右代表者代表取締役

渡司邦子

右訴訟代理人弁護士

青木秀茂

長尾節之

荒竹純一

野末寿一

千原曜

野中信敬

久保田理子

被告

有限会社セツクコーポレーション

右代表者代表取締役

松山勲

右訴訟代理人弁護士

森壽男

主文

一  被告は、原告に対し、金二二八万円及びこれに対する平成元年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一二三二万円及びこれに対する平成元年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五一年ころから現在に至るまで、東京都港区六本木七丁目五番一一号カサグランデミワビル一階D―一〇一、D―一〇二において、「カフェ・ド・シテ」という店舗名で、レストランを経営してきた。

被告は、飲食店経営等を目的とする会社であり、平成元年七月末日まで、原告経営のレストランの真下に当たる右ビル地下一階B―一〇一において、「インクスティック」という店舗名でライブハウスを経営していた。

2  被告は、昭和六二年九月から平成元年七月末日まで、「インクスティック」店内において、最低週二回(月平均一〇回)、午後四時から深夜までロックバンドによる演奏を行った。

被告の店舗内における右演奏による騒音は、原告店舗内で測定しても、六〇ホンないし七〇ホンを超えるものであった。

被告の店舗内で右演奏が始まると、演奏ステージの真上に当たる原告の店舗のA席と呼ばれる三テーブル八席は、地響きのような震動が騒音とともに伝わり、テーブル上のグラスに注がれたワインの表面には波が立ち、グラスや皿はカチャカチャと音を立てた。食事中の客は、地震と勘違いして席を立ったりすることもあったが、大部分の客は、ロックバンドの演奏による騒音と震動であることに気がつくと、席換えを要求した。

3  被告は、集合店舗ビル内にある自己店舗でライブハウスを経営するに当たり、上階にある原告店舗における営業活動を妨害することのないように、騒音及び震動の防止に必要な配慮を行い、自己店舗から発生する騒音を公害対策基本法九条及び東京都公害防止条例の定める基準値以下とする義務がある。

しかし、被告は、右条例の定める基準値である五五ホンを上回る騒音と震動を原告店舗内に侵入させ、原告店舗内客席のうち、被告店舗内演奏ステージの真上に当たる八席の使用を不可能とさせ、それによって、原告の営業活動を不法に侵害した。

したがって、被告には、右騒音により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

4  原告の被った損害は次のとおりである。

(一) 原告は、前項の騒音及び震動のため、少なくとも、昭和六二年一〇月一日ころから平成元年七月末日ころまで、被告店舗内でロックバンドの演奏が行われたディナータイムに、A席三テーブル八席の客席としての使用が不可能となった。

(二) 原告店舗の一席当たりのディナータイムの平均利益は七〇〇〇円であり、被告店舗におけるロックバンドの演奏の平均演奏回数は月当たり一〇回である。

(三) したがって、原告は、少なくとも二二か月にわたり月額五六万円の損害を被った。

5  よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金一二三二万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年九月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、被告が昭和六二年九月から平成元年七月末日まで「インクスティック」店内においてバンドによる演奏を行ったことは認め、その余は否認する。

3  同3のうち、東京都公害防止条例の基準値が五五ホンであることは認め、その余の主張は争う。

4  同4(一)は否認し、(二)及び(三)は争う。

5  被告の主張

(一) 被告店舗の営業時間は、午後七時から一一時三〇分までであり、生演奏は午後八時又は九時ころから四〇分位行い、三〇分休憩を取り、再び三〇分位行うという程度のもので、営業時間中通して演奏を行うことはなかった。

(二) 被告は、昭和六二年一二月、当時最もすぐれているといわれた防音材を使用して大掛かりな防音防震工事を行い、この結果、被告店舗から発生する騒音は、公害対策基本法九条に基づく騒音の基準値及び東京都公害防止条例の基準値内のものとなった。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1は当事者間に争いがない。

二請求原因2のうち、被告が、昭和六二年九月から平成元年七月末日まで、「インクスティック」店内においてバンドによる演奏を行ったことは当事者間に争いがない。

そこで、本件の事実経過について順を追って判断する。

1  騒音・震動の発生から被告店舗の防音・防震工事施工まで

〈書証番号略〉、証人御武内隆夫、同長田藤文及び同吉田忠史の各証言、原告及び被告の各代表者尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和五七年一一月から、カサグランデミワビル地下一階の被告店舗「インクスティック」でライブハウスを経営していたが、原告経営のレストランはラストオーダーが午後一〇時、閉店が午後一一時であったのに対し、被告店舗におけるバンドの演奏は午後一〇時ころ開始され、また、被告店舗内のステージは当時原告店舗内B席と呼ばれる場所の下に位置していたが、B席は床が一〇センチメートル程高く造られそこが空洞になって被告店舗から発生する震動が伝わりにくい構造であったことなどから、当初は、両店舗間に騒音等の問題が生ずることはなかった。

(二)  ところが、被告は、昭和六二年九月ころ、同店舗内のステージの位置を、原告店舗内B席の下に当たる場所からA席の下に当たる場所に移して客席数を増やし、また同じころ、営業時間についても従前午前四時までであったのを、日曜日から木曜日は午後一一時三〇分まで(月曜日は、定休日)、金曜日及び土曜日は午前三時までに変更した。

原告店舗内A席は、構造上、B席と異なり、階下の震動が直接伝わることが避けられず、また、被告店舗の営業時間が変更されたことにより、被告店舗の演奏時間が原告店舗の営業時間の一部と重なることになり、原告は、被告店舗におけるロックバンドの演奏の影響を大きく受けることとなった。

被告店舗で大きな音を出すバンドの演奏が始まると、原告店舗内A席の客席では、ドンドンと突き上げるような震動が伝わり、テーブルの上のグラスの中に注がれたワインは波立ち、皿はカチャカチャと音を立て、壁に掛けてある装飾用のグラスやウイスキーの瓶もぶつかり合ってガチャガチャと音を立てた。食事中の客は驚いて説明を求めるので、原告は事情を説明しA席からB席に移ってもらうということで対処せざるを得ず、A席が使用できない状態となった。

被告店舗において大きな音を出す演奏は、月平均八回程度行われた。

(三)  原告店舗の料理長御武内隆夫は、昭和六二年九月以降、被告店舗の騒音や震動を強く感じるたびに、被告店舗に行き、音を下げるように依頼した。被告は、音を下げることもあったが、音が小さくなるのは一時的でまた元の大きさに戻ってしまうため、御武内が一日に複数回被告店舗に行くこともあった。

また、原告は、被告店舗の店長や営業部長の山内喜三を原告店舗に呼んで騒音を聞かせ、音を下げてもらったこともあった。

しかし、昭和六二年一〇月ころには、御武内料理長が何度被告店舗に足を運んでも音を小さくしてもらえないという事態に至り、同人はやむなく警察に通報し、警察は被告に注意して音を下げさせた。

(四)  被告の代表取締役松山勲は、昭和六二年一一月終わりころ、株式会社音調に被告店舗の防音・防震工事を依頼し、右工事は同年一二月二八日に完成した。

被告の山内営業部長は、同年一一月ころ、原告の御武内料理長に被告店舗内に防音・防震工事を施工する旨伝え、同年一二月終わりころ、工事の完成を伝えた。

2  被告店舗における防音・防震工事について

〈書証番号略〉、証人長田藤文の証言によると、次の事実が認められる。

(一)  株式会社音調は、防音工事、遮音・吸振工事を業とする会社であるが、昭和六二年一一月終わりころ、被告から防音・防震工事を依頼され、被告店舗を調査した。その結果、現実に共振により震動が大きく伝わっていることが判明したので、防震対策を主体とする工事を施工することとした。

音の発生源であるステージから出る固体伝搬音を除くことが主たる工事の内容で、ステージの下に乾式浮床工法により、昭和六二年当時から現在においても防音材としては最高の材質とされているラスクという鉄の防音材を張り込み、またステージと壁との間に縁切りゴムを張り、共振により音が壁に伝わらないようにした。空気伝搬音に対しては、消音ボックスを設け、消音ボックスに音が溜まるようにラスクを使用してステージのスピーカーの音に方向性を持たせた。

(二)  被告は、本件の防音・防震工事に総額一六〇万円を費やした。その主なものは、ステージに使用したラスク一三〇枚で単価は一万円であり、総額一三〇万円に上る。

(三)  株式会社音調は、工事完成後、音の大きなバンドの演奏日に騒音の測定を行った。

右調査結果は、固体伝搬音については理想的に処理されたが、空気伝搬音については消音ボックスの設置により多少の効果が得られたというものである。株式会社音調の長田藤文は、東京都公害防止条例の環境基準については、原告店舗の床の補修を除きほとんど問題のないものとなったと考えている。

(四)  厚さ一二〇ミリメートルの鉄筋コンクリートに厚さ六ミリメートルのビニタイルを張った床構造の場合、周波数五〇〇ヘルツの音に対し四七ホンの透過損失、一キロヘルツの音に対し五一ホンの透過損失を生ずるという遮音作用がある。本件では、鉄筋コンクリートはモルタル塗りで、原告店舗床にはじゅうたんが敷いてあり、被告店舗には吸音材による処理が施してあることから、右数値よりも一〇ホンないし一五ホン遮音性能が高くなる。したがって、被告店舗内で発生した周波数五〇〇ヘルツの音は五七ホンないし六二ホン程度、一キロヘルツの音は六一ホンないし六六ホン程度が遮音されることになる。

3  工事施工後から被告のライブハウス閉店まで

〈書証番号略〉、証人御武内隆夫、同中田啓猛及び同長田藤文の各証言、原告及び被告の各代表者尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(一)  御武内料理長は、被告から、防音・防震工事が完了したことを聞いたが、相変わらず、騒音及び震動が感じられたので、昭和六三年には、再度、警察に来てもらった。その際、警察官から、区役所の環境対策課で騒音問題を扱うということを聞いたので、原告の代表取締役渡司邦子が港区役所環境対策課に相談に行った。

同課調査係員中田啓猛及び斉藤富士郎は、同年三月二九日午後二時ころ、現地を視察し、同年四月一三日午後七時ころから八時ころまでの間、原告店舗内に騒音測定機器を設置し、被告店舗内のロックバンドの演奏から発生する騒音の測定を行った。

右測定においては、音を五秒間採取して騒音レベルを測定し、二〇ないし三〇分間これを繰り返し、ドアの音や食器の音など対象外の音の入ったものは除き、音楽の演奏の音とみられるもののみを五〇サンプル集めた。

測定数値は五一ホンから五九ホンの範囲内に分布しており、平均五三ホンであった。

(二)  原告と被告は、昭和六三年五、六月ころ、区役所環境対策課立会いのもとで話し合いをした。株式会社音調の長田藤文も参加し、被告店舗内に施工した防音・防震工事について説明した。その際、原告側の不満の解消手段として、被告店舗内の天井にはおびただしい数の配管が張り巡らされており防震処理ができないことから、原告店舗の床に、被告の費用で、鉛を用いた防震処理を行うという話がでた。しかし、原告は、床が約一センチメートル上がること、被告店舗から発生する音は被告店舗内で処理するのが筋であるとの理由からその話を断った。

(三)  原告は、専門業者から騒音測定器械を借り、昭和六三年七月一五日午後一一時一〇分から翌一六日午前一時四九分ころまでの間、原告店舗内の騒音を測定した。

右測定結果を記録したグラフによると、午後一一時一一分から一五分の間に七〇ホンを越える瞬間が三点あり、同五一分四〇秒ころから五四分四〇秒ころまでは概ね六〇ホンを越える数値が継続し、午前零時八分から二八分一〇秒までは概ね五五ホン前後から六〇ホン前後の間を推移し、同二九分ころから三八分四五秒ころまでは概ね六〇ホン以上の数値が継続し、かつ七〇ホンを越える瞬間も四点ほどあり、引き続き同四三分四〇秒ころまで五五ホン前後から六〇ホン前後で推移し、同四九分四〇秒から五〇分四五秒までは六〇ホンを超え、同五五分五秒ころから五五秒ころの間に瞬間的に五点ほど七〇ホンを超える測定値を記録している。午前一時以降はほぼ五五ホン前後あるいはそれ以下に収まっているが、瞬間的には六〇ホンに達する点もあり、一時三九分一〇秒前後には瞬間的に七〇ホンを超える点を記録している。

(四)  被告は、原告との間に右のように騒音をめぐる紛争を生じたことから、平成元年七月末で本件店舗におけるライブハウスの営業を断念し、営業形態をレストランバーに変更した。

三右二において認定した事実に基づき、防音・防震工事施工後における原告店舗内の騒音の程度について判断する。

1二2(四)認定の事実によると、理論上、防音・防震工事後において、被告店舗で一二〇ホンの音量のロックバンドの演奏が行われた場合、原告店舗では周波数五〇〇ヘルツの音で五八ホンから六三ホン、一キロヘルツの音で五四ホンから五九ホンの音がする計算になる。そして、証人御武内隆夫の証言によると、原告店舗ではドラムやベース等低音の楽器の音がよく響いていたことが認められ、これらの楽器から出る低音が周波数五〇〇ヘルツを下回ることは公知の事実であるところ、〈書証番号略〉によると、厚さ一二〇ミリメートルの鉄筋コンクリートに厚さ六ミリメートルのビニタイルを張った床構造の場合、周波数二五〇ヘルツの音に対する遮音作用は四一ホンの透過損失、一二五ヘルツの音に対する遮音作用は三三ホンの透過損失であることが認められ、前同様に現況を考慮して一〇ホンないし一五ホン遮音性が高くなるものとみても、遮音作用は前者で五一ホンから五六ホン、後者で四三ホンから四八ホン程度にとどまるものと推認される。

このようにしてみると、ドラム、ベースの音量については、仮に音源において一二〇ホンであるとすると、原告店舗内には最も少なくても六四ホン、最大では七七ホンの音量で達することになる。そして、ロックバンドの演奏から生ずる音が一二〇ホン程度にまで至ることは、後記四5認定のとおりである。

2  前期のように、港区役所環境対策課環境調査係中田啓猛らが、昭和六三年四月一三日に原告店舗内で被告店舗内のロックバンドの演奏から発生する騒音を測定した結果は、午後七時ころから八時ころまでの間の二〇ないし三〇分間に採取した五〇サンプル(合計四分二五秒分)の平均値で五三ホンであったことが認められるが、他方、証人中田啓猛の証言によると、右測定開始前、中田は、マイクロフォンと騒音計を持って被告店舗に様子を見に行き、ステージの演奏時間と休み時間を尋ね、ドアを閉めて演奏するようにと言ったこと、騒音測定の翌日、被告の方から港区役所環境対策課に測定結果を教えてほしい旨の電話があったことなどの事実が認められるから、被告は、騒音測定が行われることを予め知っていたと推認することができ、したがって、右測定時において被告店舗内のバンド演奏の音量が通常より低くなるように操作された可能性がないとはいえない。また、右騒音測定の結果も、当該日時における騒音が平均五三ホンであったということを示すにすぎない。

被告代表者は、ライブハウス経営者である被告の側で音量を下げることはできない旨供述し、証人中田啓猛の証言中にも、そのようなことはあり得ないとの趣旨を述べる部分があるが、他方、同証人の証言によると、被告店舗でアンプのボリュームを下げる操作をすることは可能であることが認められるし、被告代表者尋問の結果によると、ロックバンド特有の音量を保持しなければならないとしても、それには一定の幅が存在し、その範囲では被告店舗の側での調整が可能であることが認められ、また、証人御武内隆夫の証言によると、原告の御武内料理長は、被告店舗に騒音について苦情を申し入れ、一時的に音を下げてもらったことのあることが認められるから、音量を下げることが不可能であるとの被告代表者及び中田証人の供述は採用しない。

四そこで、違法性及び被告の責任について判断する。

1  (騒音に関する規制基準)

証人中田啓猛の証言及び弁論の全趣旨によると、原、被告の各店舗のあるカサグランデミワビルの所在地域は、公害対策基本法九条に基づく環境基準の第一「環境基準」にいう「相当数の住居と併せて商業、工業等の用に供される地域」及び東京都公害防止条例五五条の引用に係る別表第十の「日常生活等に適用する規制基準」「二 騒音」の中の「第三種区域」に該当すると認められる。

右「環境基準」において、当該地域の朝・夕の規制基準は五五ホン以下と定められ、また右別表第十において、当該区域の午後八時から午後一一時までの規制基準は五五ホン以下と定められている。

そして、右法令の規制は、行政目的を達成するための最低限のものというべき性格を有しており、、右数値をもって受忍限度の限界値とする判断を前提としたものと解するのが相当である。

2  (本件騒音及び震動の状況)

被告店舗における防音・防震工事施工前の騒音及び震動の状況は二1(二)に認定のとおりである。

そこで、防音・防震工事施工後の状況について判断すると、二2(四)に確認したところによると、被告店舗の防音・防震工事は、理論上五〇〇ヘルツから一キロヘルツの音について従前よりも一〇ホンないし一五ホン程度騒音を減衰させるものであることが認められるが、他方、三1でみたように、理論上の計算においても、被告店舗で一二〇ホンの音を発生させた場合には、原告店舗において五四ホンないし六三ホンの音がすること、周波数一二五ヘルツから二五〇ヘルツの音については、原告店舗においては六四ホンから七七ホンの音がする計算になることが認められる。また、右工事施工後に原告が行った騒音測定では五五ホンを上回る値が記録されていることは前認定のとおりである。そして証人吉田忠史の証言中には、原告店舗で食事中にドンドンと突き上げるような震動を感じた時期は一、二か月という短い期間ではなく半年ないし一年は続いたと記憶しているとの供述がある。

これらの事実を総合すると、被告店舗の防音・防震工事は、ロックバンドの演奏から発生する音に対してはそれほどの効果を上げ得ず、原告店舗A席の前認定のような騒音及び震動は、右工事後も継続していたと認めるのが相当である。被告代表者及び証人長田藤文の供述のうち、右認定に反する部分は採用しない。

なお、証人御武内隆夫及び同吉田忠史の各証言によると、原告店舗における騒音及び震動は、原告店舗のいわゆるディナータイムの営業中、間断なく継続するというものではなく、被告店舗の演奏の休憩時間はもちろんのこと静かな音楽が流れているときにはそれほど問題とはならず、騒音及び震動の発生時間は、演奏者、演奏楽器、演奏曲目等により異なっていたことが認められる。

3  (原、被告の各店舗の事情)

〈書証番号略〉及び原告代表者尋問の結果によると、原告は、昭和五一年七月一四日から本件店舗でフランス料理のレストラン営業を続けているが、原告店舗は若い男女の二人連れ等を中心とする個人客の利用に適するような落ち着きのある静かな雰囲気を売り物としていることが認められる。

また、昭和六二年九月ころ被告店舗におけるバンド演奏の時間及びステージの位置が変るまでは、原告と被告との間に騒音問題が生ずることはなく(営業内容はいずれも終始変っていない。)、平穏裡に経過していたことは前認定のとおりである。

ところで、被告が、相当額の費用をかけて自己店舗内に防音・防震工事を施工した後、被告の費用で原告店舗の床に防震工事をする旨申し出たところ、原告は右申し出を断ったことは、前認定のとおりであるが、本件騒音及び震動の発生が、そもそも被告店舗において客席数を増やすためにステージの位置を変えたことにその一端をなしていること、騒音の発生源は被告店舗である上に、原告店舗床に防震工事をするという案は、被告店舗の天井に工事することが困難であるという専ら被告店舗側の事情に基づくこと、右工事によって原告店舗の床が若干上がること、被告からの右申し出に至る経緯からして右工事の話し合いの際に原告が工事の効果を信頼できる状況になかったと推認できること等を考慮すると、原告が進んで店舗床の防震工事を受忍することは格別、原告が右申し出を断ったことはやむを得ないことというべきである。

4  (地域性等)

本件カサグランデミワビルの所在する東京都港区六本木地区が有数の市街地域であることは公知の事実であり、〈書証番号略〉及び原、被告の各代表者尋問の結果によると、原告店舗の前の道路は片側一車線の道路であり、本件ビルの正面に向かって左側がカーブになっており、真正面には横断歩道があるため、自動車の発進音及び減速音がすること、また原告店舗にはテラスがあって、テラスの戸や窓を開いて営業することもあること、しかし他方において、右のような道路状況からして、自動車は速度を出すことのできない場所であり、交通量もさほど多くなく、自動車の騒音がうるさいと客から苦情が出ることもないことが認められる。

いずれにしても、本件の騒音及び震動は、同一建物内の上下間の問題であり、建物の外からの騒音と比較することは適当でない。

原告店舗と被告店舗は、同一建物の上階と下階の関係にあるから、別棟の建物同士の場合よりも、一方から発生する音及び震動が他方に与える影響は直接的であり、深刻なものとなることは明らかである。

5  以上の事実を総合すると、被告が相当額を費やして防音・防震工事を施工したことを考慮しても、原告が被った本件騒音及び震動は、受忍限度を越えるものであったと認めるのが相当である。

ロックバンドによる音楽は、大音量であること自体がその重要な特性であり、音量を少なくした場合にはその特質を失い聴者の満足を得られなくなるということは、社会通念上知られた事実である。

証人長田藤文の証言及び被告代表者尋問の結果中にも、ロックバンドの音楽は、いわゆるハードでなくても一〇〇ホン以上の音を出さないと客が満足しないし、ハードとなると一二〇ホン以上になるため、音というより体で感じるという状態になる、それは、聴覚の限界すなわち震動としてとらえるもので、年配者になるとその場には居られないような音である、しかし、ハードロックを聴きに来る客は、音そのものの限界、すなわち限界が一二〇ホンであるなら一二〇ホンを突き抜けるような音を好むため、生演奏を売り物とする店舗では、音量を平均以下に下げたのでは、客を納得させることができず、そのイメージを損なうことにもなるなどの供述部分があり、その間の事情を知ることができる。

しかし、ロックバンドによる音楽の音量にも、聴者以外の第三者との関係で自ら限度があることは当然であり、右のような事情を考慮しても、前記の認定・判断が左右されるものではない。

また、被告代表者尋問の結果によると、被告の代表取締役松山勲は、昭和五四年から五六年ころにかけて昼食のため原告店舗を何度か訪れており、前認定の原、被告の各店舗の事情、地域性等を認識していたことが認められる。

被告は、集合店舗ビル内にある一店舗として、ライブハウスを経営するに当たり、同一建物内の他の店舗の営業上の利益との調和を図るべきことは当然であり、直上の階にある原告店舗における営業活動を妨害することのないように騒音及び震動の防止に必要な配慮を行い、自己の店舗から発生する騒音を公害対策基本法九条及び東京都公害防止条例の定める基準値以下とし、また原告店舗内に震動を発生させないようにする義務がある。

ところが、被告は、昭和六二年一〇月から平成元年七月末まで、平均月八回程度のロックバンドの演奏時間中、断続的ではあるが、右条例の定める基準値である五五ホンを上回る騒音と震動を原告店舗内に発生させ、右騒音及び震動の発生時間中、原告店舗内客席のうち、被告店舗内演奏ステージの真上に当たる八席の使用を不可能とさせ、これによって原告の営業活動を不法に侵害した。

したがって、被告には、右騒音及び震動により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

五損害について判断する。

1  〈書証番号略〉によると、騒音及び震動が発生する前である昭和六一年度(同年四月一日から昭和六二年三月三一日まで)の一年間の売上合計は三七八八万三五〇五円であり、騒音及び震動の発生期間中である昭和六三年度(同年四月一日から昭和六四年三月三一日まで)の一年間の売上合計は三一六〇万〇一九五円であり、その差額は六二八万三三一〇円で、月額にして平均五二万円程度減少していることが認められる。右事実に証人御武内隆夫の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、本件騒音及び震動が原告店舗のレストラン営業の売上に影響を与えたものと認めるのが相当である。

しかし、原告店舗には、A席の他B席があり、しかもB席の方が席数が多いこと、(〈書証番号略〉及び証人御武内隆夫の証言によりこれを認める。)、右認定の売上の中にはランチタイムのものも含まれていること、昭和六一年度の一年間の売上を原告店舗の平均的な売上高とみるべき証拠もなく、原告が本件店舗を開店してからの平均的な売上状況は必ずしも明らかでないこと、レストランの年間売上については、その年度の景気や消費者物価の伸び率等さまざまな影響が考えられること等を考慮すると、右差額分全額を直ちに損害額と認めるのは相当でない。

そして、経験則に照らすと、どんなに低く見積っても、右差額分の五分の一は、本件騒音及び震動によるものと認めることができる。

証人御武内隆夫の証言のうち、右認定に反する部分は採用しない。

これを前提とすると、計算式「五二万円×二二か月×五分の一」により、損害額は二二八万八〇〇〇円と試算される。

2  原告は、使用不能となった原告店舗A席の席数及び一席当たりの売上利益を基準として損害を主張するので、この点からも損害額を試算する。

(一)  原告は、被告店舗の騒音及び震動を発生させた演奏の回数を月平均一〇回と主張するが、前認定のように月平均八回程度と認めるのが相当である。

(二)  また、〈書証番号略〉及び原告代表者尋問の結果によると、原告店舗A席の席数は八席であるが、原告店舗にはB席も存すること、本件騒音及び震動が発生していなくても常に満席となるわけではないことが認められる。したがって、A席の席数八席をそのまま損害の算定基準とすることはできないが、原告店舗の満席率は証拠上明らかでない。

しかし、証人御武内隆夫の証言により真正に成立したものと認められる〈書証番号略〉、同証人の証言及び原告代表者尋問の結果を総合すると、少なくとも八席を基準とした場合の三分の一程度は本件損害と認めるのが相当である。

(三)  原告代表者尋問の結果によると、ディナータイムの一席当たりの平均売上は七〇〇〇円であることが認められ、証人御武内隆夫の証言によると、原告店舗の原価率は三〇パーセントであることが認められるから、A席使用不能による一席当たりの損害額は計算式「7000円×(1-0.3)」により、四九〇〇円と認められる。

(四)  右(一)ないし(三)にみたところを前提とすると、原告の損害は、計算式「八回×八席×四九〇〇円×二二か月×三分の一」により、二二九万九七三三円と試算される。

3  以上を総合すると、原告店舗の損害は、少なくとも二二八万円を下らないものと認めるのが相当である。

六よって、原告の本訴請求は、二二八万円及びこれに対する平成元年九月一四日(訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである。)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、右の限度で認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官三村量一 裁判官前田英子)

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